長谷川宙輝は中学、高校時代どんな選手だった?甲子園の出場歴は?

長谷川宙輝




各球団に在籍し、支配下登録を目指して日々鍛錬を積んでいる育成選手たち。規約により育成選手は3年経過後自動的に自由契約となり全球団と契約することが可能になりますが、その形で昨年ソフトバンクからヤクルトへ移籍した本格派左腕投手が長谷川宙輝選手です。

 

支配下選手としてヤクルトへ移籍した長谷川宙輝選手は早速オープン戦でも4試合に登板しており、上々の結果を残し開幕一軍入りも視野に入れる期待の星となっています。今回はそんな長谷川宙輝選手の学生時代について振り返ってみたいと思います(^-^)

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長谷川宙輝とはどんな選手?小学、中学時代は?

まずは長谷川宙輝選手のプロフィールについて簡単にまとめてみました。長谷川宙輝選手は東京都小平市出身で、1998年8月23日生まれの現在21歳です。

 

長谷川宙輝選手の特徴は、最速153kmをマークする威力のある直球と、縦に鋭く落ちるスライダーですね。変化球は他にもカーブやチェンジアップを持っていますが、基本は直球とスライダーのコンビネーションで空振りを奪っていくスタイルの投手です。

長谷川宙輝

高校時代は奪三振率の高さから西東京のドクターKとも呼ばれ、実力を磨けば将来は育成の星である千賀滉大選手のような存在にもなれると期待されています。今年は新天地での挑戦となりますが、夢の一軍デビューに向けて頑張って欲しいですね♪

 

長谷川宙輝選手が野球を始めたのは4歳の時で、幼稚園年長時からは鷹の台スパローズというチームに所属していたそうです。小学校入学と共に軟式野球チームに所属する人が多いですが、幼稚園年長からチームに入って練習していたのが驚きですね!

 

その後長谷川宙輝選手は聖徳学園中学校に進学し、軟式野球部に所属しています。特に目立った成績は残しておらず投手としても球速はそこまで早くなかったそうですが、カーブ等の変化球でしっかりストライクが取れる高い技術を持っていたそうです^^

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長谷川宙輝は高校時代どんな選手だった?甲子園出場経験はある?

中学卒業後、長谷川宙輝選手は聖徳学園高校に進学しています。中学時代に変化球でストライクが取れる長谷川宙輝選手に惹かれた監督からの期待は非常に高く、入学後の夏には背番号7を背負いベンチ入りをしていたそうです♪

 

入学時は最速120km程で、コントロールも定まらず1年夏に先発した試合では大炎上してしまったそうですが、そこから体重を増やしたり楽天の松井裕樹選手のフォームを参考にした結果、2年時には直球の最速は140kmを超え変化球の精度も上がったそうです^^

 

そして迎えた2年夏の県大会では背番号を10へ変更し、全2試合に登板しています。甲子園出場とはなりませんでしたが、1回戦では4回無安打、2回戦では9回12奪三振の成績を残し、秋の県大会の初戦では9回1安打20奪三振で完封勝利を挙げています

 

続く2回戦は援護に恵まれず9回1失点完投負けを喫しますが、そこでも14三振を奪ったことで西東京のドクターKと呼ばれ一躍話題となります。奪三振数が凄すぎますし、2戦続けて好成績を残す安定感が素晴らしいですね(^-^)

 

三振を奪う能力に長けていた長谷川宙輝選手ですが、3年春のブロック予選で味方のエラーも絡み大量失点。三振を狙いすぎて自分中心で試合を作っていたことを反省したことで、打たせて取る投球と三振を取る投球を使い分けるようになったそうです

 

そして甲子園出場を懸けた3年夏の県大会では、2回戦で先発登板し6回1安打11奪三振無失点と好投しています。3回戦でも初回に緊急登板となりましたが、雨という悪条件も重なった事で8回6四死球4失点を喫し敗戦。甲子園出場を果たすことは出来ませんでした

 

3年間で甲子園出場を果たすことは出来ませんでしたが、最速144kmの力強い直球と精度の高いスライダー、三振を奪う力はプロからも高い評価を受け、2016年の育成ドラフト会議にてソフトバンクから2位指名を受け、育成指名ながら高卒でプロ入りしました♪

 

ソフトバンク在籍時は支配下登録とはならなかったものの、ヤクルトから声がかかったことで念願の支配下登録を果たした長谷川宙輝選手。今後もファームや一軍で様々な経験を積み、将来はヤクルトの左腕エースと呼ばれるような存在になってほしいですね(^-^)



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