梅野雄吾は中学、高校時代どんな選手だった?甲子園の出場歴は?

梅野雄吾




昨年、12球団ワーストのチーム防御率4.78を記録し投手陣に大きな課題を抱えているヤクルト。投手陣が軒並み不調に陥る中、昨年チーム最多タイの68試合に出場し、一時はクローザーも務めリリーフ投手としての立場を確立したのが梅野雄吾選手です。

 

後半戦は不調も相まって勝ちパターンを外れましたが、2勝3敗28ホールド4セーブという成績を残し、将来はヤクルトのクローザーとしても期待される存在となっています。今回はそんな梅野雄吾選手の学生時代について振り返ってみたいと思います(^-^)

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梅野雄吾とはどんな選手?小学、中学時代は?

まずは梅野雄吾選手のプロフィールについて簡単にまとめてみました。梅野雄吾選手は佐賀県佐賀市出身で、1999年1月13日生まれの現在21歳です。身長175cmと余り背は高くありませんが、投手としての能力は高く高校時代は九州BIG4とも呼ばれていました♪

 

梅野雄吾選手の特徴は最速154kmをマークする力強い直球と、縦に曲がるスライダーやバットの芯を外して打者を打ち取るのに有効なカットボールですね。他にもカーブやチェンジアップを持っていますが、メインは直球で力勝負していくスタイルの本格派投手です。

梅野雄吾

梅野雄吾選手の直球はメジャー級の回転数を誇り、奪三振率も高くクローザーとしてこの上ない力を持っていますが、制球にバラツキがあり四球を出す事も多いそうです。昨年一年間戦いきった経験を生かし、今年も勝ちパターンとして活躍して欲しいですね^^

 

そんな梅野雄吾選手が野球を始めたのは小学五年生の時で、新栄少年野球部というチームに所属していたそうです。野球を始めた時期が比較的遅いのが意外ですね!ちなみに当時は投手ではなく、野手として内外野どちらも守っていたそうですよ♪

 

その後梅野雄吾選手は佐賀市立昭栄中学校に進学し、硬式野球チームの佐賀フィールドナインに所属しています。三年生の時には二塁手として九州大会で優勝を経験しており、その後冬になると投手として練習を始めていたそうですよ(^-^)

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梅野雄吾は高校時代どんな選手だった?甲子園出場歴はある?

中学卒業後、梅野雄吾選手は福岡県筑紫野市に所在する九州産業大学付属九州産業高校進学しています。高校入学後に本格的に投手に転向し、投手を始めて間もない一年秋には既にベンチ入りを果たすほどの実力を身につけています^^

 

最初は球速約120kmと始めて間もないこともあって投手として力不足でしたが、一年冬に下半身を強化したことにより最速143kmまで球速が伸び、二年春にはエースの座を掴んでいます。約一年でチームのエースになれたのは努力だけでなく才能もあったでしょうね♪

 

その後二年夏の県大会では3回戦で敗退し甲子園出場とはなりませんでしたが、秋の県大会では準決勝でノーヒットノーランを達成し、決勝でも8回まで無安打に抑えるなど圧倒的な実力を見せつけチームを県大会優勝に導いています

 

県大会の準決勝で最速149kmをマークしたことによりプロからも注目を浴びる存在となった梅野雄吾選手は、続く九州大会の初戦でも2失点完投勝利を挙げています。その後準々決勝で敗退してしまいましたが、見事九州大会ベスト8入りを果たしています^^

 

そして冬のトレーニングで更に身体を作り上げ、三月には150kmを突破し東海大学付属福岡高校との練習試合では当時の高校生トップとなる154kmをマークしています。投手を始めて約二年でここまで成長するなんて凄いですよね…!

 

甲子園出場を懸けた三年夏の県大会前には肺炎を患ってしまいますが、見事復活し初戦で150kmをマークするなどエースとしての貫禄を見せつけています。

 

三回戦では右翼手として先発出場。8回表には3点本塁打を放ち、8回裏途中では投手として登板し無安打に抑えるなど投打ともに活躍を見せましたが4-6で惜しくも敗退。三年間で甲子園出場を果たすことは出来ませんでした

 

甲子園に出場することは出来ませんでしたが、直球の力強さやフィールディングの良さ、変化球のキレはプロから高い評価を受け、将来性の高さも買われて2016年のドラフト会議にてヤクルトから三位指名を受け高卒でプロ入りを果たしました♪

 

今年でプロ四年目の梅野雄吾選手ですが、順調に成長を続け今や一軍の戦力として欠かせない存在となっています。このままリリーフとして経験を積みクローザーとして君臨して欲しい気持ちもありますが、いつか再び先発として投げる姿も見たいですね(^-^)

 



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