石川直也は中学、高校時代どんな選手だった?甲子園出場歴は?

石川直也




日本ハムファイターズで今季、守護神として大活躍してくれそうな選手といえば石川直也選手です。

 

プロ5年目としての昨シーズンは、初めて60試合登板を達成、開幕当初は抑えとして活躍しましたが4月には状態が悪く2軍に降格してしまいました。

 

そんな悔しい思いをした石川直也選手だからこそ、今シーズンは並々ならぬクローザーへの思いがありそうですよね!!石川直也選手自身も40セーブとセーブ王を目標としているそうです。頑張って欲しいですよね♫

 

さて、その石川直也選手とは、いったいどんな選手なのでしょうか。さっそく調べてみたいと思います。

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石川直也は中学時代どんな選手だった?

まずは、石川直也選手のプロフィールからチェックしてみましょう。石川直也選手は、山形県東田川郡庄内町(旧:余目町)の出身で1996年7月11日生まれの23歳です。

 

余目第二小学校3年生の時に野球を始めました。石川直也選手が野球を始めたきっかけは、10歳年上のお兄さんが野球をやっていた影響だそうです。両親に連れられて、よくお兄さんの試合を応援しに行っていたそうです。

石川直也

石川直也選手には、他にも8歳年上のお兄さんがいるので、石川直也選手自身は3人兄弟の末っ子です。年の離れたお兄さんだからこそ、お兄さんは子供がいるので石川直也選手は叔父さんとなっているそうです。プロ野球選手の叔父さんがいるなんて、自慢できちゃいますよね!

 

余目中学校では軟式野球部に所属しました。投手として東北大会に出場もしています。石川直也選手は、中学校の頃からプロ野球選手になるという目標を抱いていたそうです。

 

この頃、石川直也選手についた名前は”みちのくのダルビッシュ”だったそうです。「地域名+ダルビッシュ」ってちょっと流行っていましたね(^^;。ダルビッシュって言われていたくらいですから当時から期待されていたのでしょうね。

石川直也の高校時代は?甲子園の出場歴は?

中学校を卒業した石川直也選手は、山形中央高等学校に進学しました。山形県の強豪校といえば、酒田南高等学校などが有名です。

 

しかし、石川直也選手は県内の選手だけで甲子園に行きたいという理由で公立高校である山形中央高等学校を選んだそうです。また、石川直也選手が中学校3年生の時に山形中央高等学校が春夏連続で甲子園に出場したことも大きなきっかけでした。

 

進学先を選んだのは石川直也選手自身ですが、両親は余目から出ることを反対したそうです。その中で味方をしてくれたのが祖母。石川直也選手の祖母の後押しがなければ、今の石川直也選手はいなかったのかな~と思うと石川直也選手の祖母の見る目は抜群ですよね!

 

高校3年間は寮生活だったそうです。親元を離れたりした寂しさは、特に感じていなかったようです(笑)

 

高校1年生の秋からベンチ入りしました。高校2年生になると春のセンバツ大会で2試合にリリーフとして登板。そして高校3年生で夏の甲子園出場を果たしました。そこで、3試合も登板しましたが群馬代表の健大高崎高校相手に負けてしまいました。

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高校を卒業した石川直也のその後は?

高校を卒業した石川直也選手は、2014年のプロ野球ドラフト会議にて北海道日本ハムファイターズに4巡目で指名されました。

 

プロ入りする前のインタビューでは理想とする選手に元ソフトバンクホークスの斉藤和巳さんの名前を挙げています。

 

日本ハムファイターズのチームメートからは、石川直也選手が入団した時に石川という苗字の選手が3人もいたため直也という名前の直から”ちょく”と呼ばれているそうです。なんと、栗山監督も直と呼ぶことがあるそうです(笑)

 

プロ2年目の9月にプロ初登板を果たしました。プロ3年目になると開幕1軍という一つの目標を果たしました。中盤までは中継ぎとして活躍していましたが、9月に初めて先発としてのマウンドにも上がりました。プロ4年目には、守護神として登板しました。

 

そして、最初に書きましたがプロ5年目は60試合登板を果たしているのです。

まとめ

守護神として期待が益々高まる石川直也選手。今後の活躍に大注目ですね!目標であるクローザーとしての40セーブとセーブ王の目標が叶うように、いっぱい応援しなきゃですね♫

 


 



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