大関友久は中学、高校時代どんな選手だった?甲子園の出場歴は?

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2019年ドラフト会議にて福岡ソフトバンクホークスは、7人の育成選手を指名しました。支配下選手が5人の指名に対して育成選手の割合が多いな~という印象でした。

 

7人のうち唯一の大学生選手が仙台大学出身、大関友久選手です。育成は今から成長が期待される選手が多いこともありどうしても高校生の指名が多くなりがちです。その中で、大学生ということで大関友久選手の中では、一緒に指名された誰よりも先に支配枠を勝ち取ろうという想いが強いのではないかと思います。

 

育成出身投手で大学を卒業している選手として思い浮かぶのが大竹耕太郎選手です。大竹選手は熊本済々黌卒業後に早稲田大学に進学し、福岡ソフトバンクホークスに育成選手として入団しています。そして、1年目のシーズンには支配下枠を勝ち取り、1軍でも活躍しています。

 

このように、育成からの少し厳しいスタートですが、大竹選手のようにあっという間に戦力になる可能性があるわけです。大関友久選手の活躍が楽しみになりますよね!

 

そんな、大関友久選手の実家にはダイエーの帽子があるそうで、大関友久選手は杉内俊哉投手が好きだったようです。この頃から、ホークスとの何かしらの縁があったのでしょうか・・・。

 

そんな、大関友久選手とはいったいどんな選手なのでしょうか?早速調べてみたいと思います!

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大関友久は小学校・中学時代どんな選手だった?

まずは、大関友久選手のプロフィールからチェックしてみましょう。大関友久選手は、1997年12月14日生まれで21歳です。出身は茨城県土浦市です。

 

野球を始めたのは、小学校3年生の時です。都和南野球スポーツ少年団に所属しました。この頃から投手として軟式野球を始めたそうです。

 

中学校は土浦市立都和中学校に進学。中学時代は、常総ドリームボーイズという硬式野球チームに所属しました。常総ドリームボーイズは2005年に硬式野球チームとして立ち上げたチームで大関友久選手が入った頃は、まだまだ新しいチームだったようです。この頃から、恵まれた体格で注目されていました。

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大関友久選手の高校時代は?甲子園の出場歴は?

中学校を卒業した大関友久選手は、土浦湖北高校に進学しました。1年生の秋には、エースとして活躍し2回戦では無四球完封勝利を果たし、ベスト4という成績を収めました。2年生の夏の大会の頃から段々と注目を集めるようになりました。

 

高校3年生の夏は腱鞘炎を発症し、3回戦で敗退しています。腱鞘炎でベストなパフォーマンスを行えなかったことは非常に悔しい負けとなったのではないでしょうか。そして、高校3年間のうちに最高順位は4位で甲子園に出場することはできませんでした

 

実は、高校3年生の時に大関友久選手は一度、プロ志望届を提出しているのです。しかし、大関友久選手の名前が呼ばれることはありませんでした。そこで、仙台大学へ進学しプロ野球を再び目指すためにあるき始めるのです。今回、ドラフト会議にて名前が呼ばれて本当に良かったですよね。念願のプロ入りです。

大関友久選手の大学時代は?

仙台大学に進学した大関友久選手は、大学1年生の春のリーグ戦から早速、戦力として活躍しました。大学2年生の春のリーグ戦では、初めて先発投手としてマウンドに立ち東北学院大学を相手に初勝利を挙げました。

 

大学3年生の春のリーグ戦の2回戦では、初完投完封勝利も経験。大学時代には球速もどんどん早くなり、最速148キロをマークしています。

 

そして、大型左腕として注目されていた大関友久選手はドラフトにて育成枠でプロ入りの夢を果たすのです。

大関友久は結婚してるor独身?彼女はいる?

結婚の情報はないようなので、独身のようですね。まだ若いですしね。彼女についても現時点では情報がないようです。まだそこまで注目されていないということもあり、私生活の情報はあまりネット上にないみたいですね。

 

これからどんどん活躍していけば私生活の面も注目されていくと思いますし、頑張ってプロで結果をのこしてほしいですね。

まとめ

指名挨拶を受けた際に大関友久選手は、1年目の過ごし方を大竹選手に聞いてみたいと話していたようです。大竹選手のように支配下を勝ち取って、今の先発投手陣には左腕は少ないので、早く戦力として活躍してほしいなと思いました。今後の活躍が楽しみです。

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